堤亜由美　Ayumi Tsutsumi　2010

12月　／　車掌室 ドア開く前の静けさ冬はじめ 冬ぬくし背伸びして見る車掌室 柊の花弟のラブレター 冬麗の大樹の下に待ち合はす ふるさとに雪降り初めし除夜の鐘

11月　／　団栗 振り返ることを知らぬ子落葉掻 パレードの果てて団栗残りけり 秋風や主を待てる指定席 先生に言付かる文秋日和 時雨るるや釦を押せば声の出て

10月　／　稲の花 手向けたる花の紫つくつくし アパートの取り壊されて稲の花 人間に手首足首かかし立つ 銀行の裏口に錠そぞろ寒 星降るやウィンクをしてドアボーイ

９月　／　秋の空 愛想なき女主人や街残暑 パンパスグラス電車ごつこで過ぎにけり 説教を賜つてゐる秋の空 子の口に運ぶ御菜や盆の月 流星や絡まつてゐるペンダント

８月　／　大曲がり 陽の匂ひして長茄子の大曲がり かき氷の青きシロップ子ども会 短夜の捨舟に波寄せてをり 水着の跡と瓶底の星の砂 終戦日風よく抜けてゆく日かな

７月　／　水溜り ホイッスル鳴つて氷菓のソーダ味 擦り傷の足を余して夏布団 激論の末の結論古団扇 夏至の日の跳んで越えゆく水溜り この頃の恋を遠くにサザン聴く

６月　／　乳母車 桜実となる空つぽの乳母車 順番に摘んでゆきたる山桜桃 ハイチェアに揺らす足先夏兆す ぬかるんでをりし畦道夏燕 嘘ついてしまひ見てゐるかたつむり

５月　／　夏に入る 予後の子を連れて春夕焼の町 八十八夜紐解かず置く包 グーで勝ちグリコで上りあたたかし パリーより短き返信夏に入る 雲ひとつ皆で追ひかけ端午の日

４月　／　風車 鳥雲にすれ違ふには細き道 父さんの帰りを待ちて春の潮 世辞少し編集長の花の昼 風車風に抗ふこと知らず 団子屋に灯のともりたる春の月

３月　／　ドーナッツ 雛の間にただいまの声届きけり 分かりたくなきことふきのたう苦し 百千鳥おまけにもらふドーナッツ 菜種梅雨音読少しつつかへて 朧夜の乗り合はせたる女どち

２月　／　たんぽぽの風 玻璃戸越しに見える往来春隣 回覧板止まつてをりぬ水仙花 春の夜の担がれて入る大道具 たんぽぽの風退職の先生に おもひでの良きことばかり薄氷

１月　／　冬温し 冬木の芽光生れればまた光る ポインセチアをとこ待たせてゐるらしき ぽつりぽつり物言ふ声も年の夜 初メール届く汀の風の中 満席のパンケーキ店冬温し