宮沢 恵理　Eri Miyazawa　2017

12 月　／　クリスマス 猫の分扉を開けてクリスマス 仲直りしてユーミンを聴きにけり それぞれの黙を持ちより暖炉の火 茶の花や郵便受の名の薄れ 小春日のかはるがはるに猫撫でて

11 月　／　冬ぬくし スポイトの仔猫のミルク秋の朝 鳥渡る粒を数へて飲む薬 錆のある祖父の自転車木の実落つ ハロウィンの抱きたる猫の深眠り 背伸びして本の返却冬ぬくし

10 月　／　柿日和 秋草や産みたて卵販売機 柿日和子ども来てゐる裏の家 玄関に父待つ灯ちちろ虫 そこまでと言つて見送り荻の風 秋湿眼鏡のつるの緩びたり

9 月　／　紅芙蓉 階下より呼ばれて囲む西瓜かな 紅芙蓉母行きつけの美容院 新豆腐夕日を連れて使ひの子 分校の壁に賞状通草の実 去来忌の眼鏡に落つる雨雫

8 月　／　野良猫 屈む子に背伸びする子に目高かな サングラス外してお国訛りかな 花火果て川面に残る火照りかな 野良猫に名前をつけて明易し 青柿落ちて野良猫の通ひ路

7 月　／　しやぼん 父の日の波飛沫受く白灯台 検査着の馴染まぬ素肌青葉冷 叱られし子は扇風機ひとり占め 厨ごと任せる一日アマリリス 梅雨晴れの母にしやぼんの匂ひかな

6 月　／　金魚玉 グランドに白球ひとつ夕立後 石仏に雨の染み込む鑑真忌 金魚玉向かう側より子の覗き 蛇苺祖母のまじなひよく効いて 雨音を破る三味の音太宰の忌

5 月　／　オープンエア 機嫌よき音声ガイド桃の昼 末つ子の持たされてゐるゴム風船 オープンエアグラスに夕日溜めてをり 海に行く約束デッキシューズ買ふ 青葉木菟ベッドで開くミステリー

4 月　／　囀り 表札を外すアパート花の雨 猫抱けば呼吸重なる遅日かな 路地裏の闇引きずりて恋の猫 浪人でヘビメタ好きで医師志望 父母のゐない故郷囀れり

3 月　／　猫の鈴 春夕焼サーカス小屋のまろき屋根 留守番の子のぬれ縁のしやぼん玉 鶯や居間で書斎の父の部屋 寝返りの猫の鈴音日永し 夫連れて帰る故郷山笑ふ

2 月　／　雪中花 碗に割る卵の音も春めけり 表札に今も母の名雪中花 母の忌の寄り添ひて咲く水仙花 風光る譲り受けたる背番号 春夕焼猫に家路のありにけり

1 月　／　水平線 冬暖か絵筆で測る水平線 干大根けふは静かな裏の家 日脚伸ぶ寄木細工の眼鏡立て 相席も通院といふ汁粉かな 初富士の高さに干せる洗ひ物