宮沢 恵理　Eri Miyazawa　2020

12 月　／　独り言 息白く愛犬の名を呼べばすぐ 着ぶくれて東京土産えらびをり 人とゐてマスクの中の独り言 山茶花や自転車でくる父の友 看護師の小声でうたふ聖歌かな

11 月　／　野菊 凩や馴染みで埋まるカウンター 谷戸の家野菊はひかり分かち合ふ 露の世やわが子のやうに猫を褒め いつまでも末つ子扱ひ栗ごはん とりどりの叢書の表紙小鳥来る

10 月　／　花白粉 丁髷で校長走る運動会 小鳥来る復刻版の時刻表 夫の剥くいびつな梨の甘さかな 陶たぬきの腹の艶めく望の月 花白粉ちりんちりんと豆腐売

9 月　／　涙跡 生れたての仔牛の歩み星流る 草の花近頃とんと会はぬ猫 ミルクティー思ひ出どこか食ひ違ひ 床を背に八雲旧居の秋の庭 天の川眠りゐる子に涙跡

8 月　／　古本市 真四角にバターを切りぬ今朝の秋 笹百合や京ことばもて褒めらるる クレヨンに染まる指先海恋し 星祭古本市に始まれり 母の居ぬ厨かなかなしぐれかな

7 月　／　濃紫陽花 緑陰より飛び出す控へ選手かな 一杯の珈琲のため山登り 蜜豆の白黒つけぬ話かな 返却を惜しむ一冊濃紫陽花 山百合や農の間の子の迎へ

6 月　／　袋掛 早口の音声ガイド水中花 雑貨屋にカレーの匂ひ夕薄暑 ホワイトジーンズ週末は塾講師 その下に幼子歌ふ袋掛 十薬に濡れて父母呼びにゆく

5 月　／　ティーカップ しくじりもぬかりも春のせいにして 蝌蚪のぞく転校生を真ん中に 春惜しむ持ち手の細きティーカップ 自転車の姉が先頭青田風 花桐や五十年後の話して

4 月　／　春の霙 ガーデニング陶器の犬の置きどころ しやぼん玉に囲まれてゐてひとりかな 昇給は十円単位亀の鳴く 咲き満ちる花の真下の休業日 見送りの春の霙を払ひつつ

3 月　／　裁台 センバツのまぶしき空となりにけり 子安貝真しろな砂をこぼしをり 裁台に春の日差のあふれをり 山の子の宝箱より子安貝 花ミモザ入つてみたき美容室

2 月　／　花菜風 花菜風母と出かける日曜日 峡の子の廻してをりぬ万華鏡 寒卵母は家族のことばかり 猫の道ふさぎて垣を繕へり 淡雪や忘るるためにうたふ歌

1 月　／　銀座 白息ではじまる路上ライブかな ライオンは咆哮忘れ冬ざるる 湯豆腐や昭和生まれの三世代 イルミネーション大丸を真ん中に ダウン着て銀座の母に並びをり