宮沢 恵理　Eri Miyazawa　2024

10 月　／　木の実 パンパスグラス青空を撫でになで 目くばせで始まる歌唱木の実降る 秋寂しさびしとトランぺットの音 鍵盤にのせるフェルト木の実降る 納屋の戸に残る母の字虫すだく

9 月　／　バイト代 秋の新色スタンドバーに女どち バイト代ギターにかへて休暇果つ 父の研ぐ母の包丁夕かなかな セルロイドの妣の手鏡秋日影 書き出しにつまづく便り一葉落つ

8 月　／　夏手套 夏手套に透けて婚約指輪かな Ｔシャツの約束もせず別れけり 朝顔や長屋に表具屋履物屋 日焼けせし百科事典や終戦日 書きかけの窓辺の譜面星降れり

7 月　／　ゼリー ペディキュアを塗つてととのふ旅支度 風鈴のわが家の音と思ひけり 遠くからお昼呼ぶ声袋掛 松葉ぼたん庭にはじまるおままごと　 里帰りして二つ目のゼリーかな

6 月　／　分度器 先生の大き分度器緑さす アマリリス声のよく似る姉妹かな 自転車は姉のお下がり夏薊 梅雨長し猫の首輪のゆるみがち 旅先のかたき歯ブラシ明早し

5 月　／　もろぶた バスで行く母のふるさと花辛夷 吊皮に届かざる子も遠足子 玄関に朝を待てる種袋 もろぶたの次から次へ柏餅 加はれぬ婚家の話題麦茶汲む

4 月　／　基礎英語 ガーデニング土の匂ひと日の匂ひ まはりくる木馬の子待つ春日傘 定位置に正す呼び鈴シクラメン 基礎英語後ろで猫は爪を研ぎ 床磨き君子蘭にて折り返す

3 月　／　ヒヤシンス 麦踏の雲と別れて折り返す 蜆汁相槌いつも遅れがち 閏日のマニキュアに星つけたして フォーク浮く食品サンプル鳥曇 ヒヤシンス録音さるる電話かな

2 月　／　梅月夜 枯芝の散つて逆転ゴールかな 寒柝のいつもの角をまがりけり 梅月夜人気役者のほそき眉 洗ひおく春菊の香に夫を待つ 春炬燵ひとり占めして独りなり

1 月　／　炬燵 猟犬の鈴音過る山家かな 年惜しむ岩肌まろき鄙の湯に 令和の子平成の子にお年玉 福寿草電話の母の声高き ときどきは炬燵に猫をたしかむる