松下美奈子　Minako matsushita　2015

12 月　／　山城 三島忌の海峡奔る波頭 山城の影深々と冬の月 作業場のハンドクリームすぐに尽き 止り木に詰めて迎へる冬帽子 一陽来復小吉は枝に結ひ

11 月　／　色硝子 とりどりの鳥を鳴かせて山粧ふ 方丈に香を聞きたる竹の春 秋声や礼拝堂の色硝子 もやひ綱ぎりぎり鳴かせ雁渡し 小上がりの脇へブーツのくたくたと

10 月　／　招き猫 初秋の城下を走る水の音 奥の院までの回廊ちちろ鳴く 入相の鐘身ぬちまで秋彼岸 秋光を集めて古ぶ招き猫 家分かち日本シリーズ大詰めに

9 月　／　古絵図 扉より聖歌こぼるる今朝の秋 新涼や藍ひといろの走る碗 白壁の土もあらはに虫すだく 石蹴りの石もて抜くる裏小路 古絵図のままの町割り秋あかね

8 月　／　星今宵 裏がへる男波に女波半夏生 黒南風や網をつくろふ男どち 梅雨明けて小舟のこぞる漁場かな 夕凪や鼻の朽ちたる恵比寿像 潮騒の岬につのる星今宵

7 月　／　花南瓜 銀鼠の空おしあげて海紅豆 夕凪や魚の香こもる裏小路 欄干にひとりふたりと夕河鹿 十字きりたる老鶯の声の中 からからと笑ふ媼や花南瓜

6 月　／　跳ね橋 裸婦像の天仰ぎゐる緑雨かな 大願の鈴に応へて時鳥 さくらんぼ雨後の一樹の揺れかすか 定めたる舳先卯波を真つ向に 跳ね橋に舟を見送る梅雨晴間

5 月　／　昭和の日 てのひらの小銭数へて啄木忌 春の闇はらふ位牌の金の文字 呼ばれたる煮物あへもの春炬燵 隧道の灯り乏しき昭和の日 伝へ聞く知覧の新茶ほろ苦し

4 月　／　蝶生るる 啓蟄や一つづつ追ふ星の綺羅 岬風のつぎつぎ生るる彼岸かな 大師堂までの杖の音蝶生るる ぽぽと鳩出でて蛙の目借時 病む母の花冠を手放さず

3 月　／　龍天に 棟梁につづく拍手寒明くる 梅東風やきつく束ねし巫女の髪 引越の友追ふ声のからぶまで 龍天に登る手水のひとゆらぎ 白梅の蒼穹ふかく香りけり

2 月　／　水あかり 一病の夫と連れだつ恵方道 初声のこぼれて湖の水あかり 人日の玻璃戸の曇りやすきかな 仕舞ひには介護のはなし女正月 坂がかる道うしろ手に梅日和

1 月　／　七曜 つくばひの底に一葉初氷 仕入れたる魚積み上げて時雨虹 数へ日の采配声を張りながら 七曜を商ひきつて星冴ゆる 一湾に舳先のつどふ初景色