松下美奈子　Minako matsushita　2018

12 月　／　オラショ はらからの呼んでゐるかに返り花 茶の花や黙して世話に暮るるひと 分校の図書室ホットカーペット 殉教の碑にひひらぎの花匂ふ 霜月のオラショ染みつく小部屋かな

11 月　／　石仏の黙 秋冷を破る神鼓のひびきかな 祝膳の椀のくれなゐ新豆腐 石仏の黙しんしんと薄紅葉 七曜を慈しみたる保湿かな からゆきの浦ひつそりと帰り花

10 月　／　窓辺 赤蜻蛉群れて海へははみ出さず 海鳴りに揉まれて騒ぐ真葛原 曼珠沙華すつくと雨をふり払ひ 澪標かたむきしまま秋のこゑ 読書週間窓辺より埋まる席

9 月　／　聖水 入相の鐘に風添ふ秋初め 残照の渚におよぶ敗戦忌 海風の実椿の艶そだてをり 十字切るための聖水秋めきぬ 床の間に家訓の古ぶ竹の春

8 月　／　根付の鈴 くねりたる鏝絵の龍や大西日 天井の木目うごめく熱帯夜 夏帯の根付の鈴のよく鳴りぬ ひぐらしや湯殿に仰ぐ息ひとつ 枝豆のスープ木漏れ日ごと掬ふ

7 月　／　団扇風 藍染の暖簾そよりと梅雨に入る たまゆらに耳石のうごく昼寝覚 電子音ひびく病室明易し 病床の母寝入るまで団扇風 桟橋の揺れのぴたりと炎天下

6 月　／　新郎の父 あかときの風の重たき梅雨入かな 祈りゐる懺悔室まで百合香る 新郎の父もふくよか玉の汗 山城に置かれたる杖みどり濃し ダイバーズウォッチ出張だなんて嘘

5 月　／　父の名 ふらここの軋みに夜の闇深む 一病を得ても鍬もつ葱の花 逆しまに笑ふ騙し絵春深し 古唐津の欠片は地へ若葉雨 鍬の柄に残る父の名風薫る

4 月　／　水笛 大阿蘇の罅のみこんで野焼かな 山影を出てひるがへる桜鱒 花蜂の羽音とどろく奈落かな 水笛のぴいと高鳴る春まつり 徳利にとくとく桜月夜かな

3 月　／　花街 夜の蝶の訃報ネオンの冴返る 寒明の雨したたらす如来身 弁天の紅の剥げたる余寒かな 花街の奥に天神梅香る 飯蛸の飯まで磯の香り満つ

2 月　／　玉椿 桟橋のしきりに軋む寒四郎 相席に七味をまはす四温かな 神木の洞のぽつかり日脚伸ぶ 嫁入りを媼訥々玉椿 クリオネの舞ひたる天を逆しまに

1 月　／　暦果つ あかときの海凪ぎわたる芭蕉の忌 寒灯や船より下ろす魚どつと 命日をひとつ増やして暦果つ だんまりの許されてゐる炬燵かな 初指の音のひびける日向中