松下美奈子 Minako matsushita 2021

12 月 / 戦艦
商へば虹立つ勤労感謝の日
小春日の旅人こぞる足湯かな
開聞岳すつくと十二月八日 
戦艦の沖に眠れる冬銀河
殉教の島に焼かるるシュトーレン

11 月 / 鳶の笛
秋澄むや七日七日と読経浴び
鳶の笛ことに伸びやか秋水忌
すすき野のひらけて神の宿る岩
秋天へ尖りきつたる避雷針
蛸壺の積まれたる路地冬めきぬ

10 月 / うす紅
母呼べど呼べど眠れる星月夜
身にしむや心音つまり電子音
なきがらに足袋と脚絆を夕月夜
うす紅を引いて涅槃へ月鈴子
酒樽を醸す石蔵蔦紅葉

9 月 / 夢
B面の夏忘れ貝抽斗に 
盆にみる夢はらからと父母と
水神の祠小さき赤まんま
湖の波光かそけき夢二の忌
新涼や視力検査の当てずつぽう

8 月 / 敗者
トルソーの抱けば重たきパリー祭
雲はらふ祭太鼓の一打かな
待つ人の影にかけよる宵祭
立ち上がる敗者タイタンビカス咲く
影曳いて坂の上まで長崎忌

7 月 / 寝息
逆上がりくるりと梅雨の晴間かな
朴の花咲くとき父を偲ぶとき
抱きとめる母の軽さよ合歓の花
病む母の寝息やうやく明易し
蝉しぐれ腹切坂に碑の三つ

6 月 / 七人の小人
鬼瓦口あんぐりと梅雨に入る
缶ビール一本で足るほどの憂さ
じやがたらの花満つ沖の天主堂
老いを啼く鶯我は子を成さず
七人の小人のかこむ煙の木

5 月 / 芽吹山
資料ただ読みあげらるる目借時
春愁や隔てて隣る宴の席
さへづりや湯船にひらく四肢十指
倒木のつつまれてゐる芽吹山
水音のゆたかにカラー咲きつぎぬ

4 月 / 病む友
再興のまづ御堂より風光る
仮設より始まる暮し桜東風
飛花落花病む友は手を振りやめず
島を出ぬ暮し鞦韆漕ぐばかり
ため息を息吹に代へて風車

3 月 / 種袋
亀鳴くやチップの埋まる免許証
芽柳の游ぐ光にせせらぎに
再建の寺や白木蓮ひらく
復興を遂げし村より種袋
バドミントン頭上の雲を払ふかに

2 月 / 魚一尾
寒暁や出舟は水脈をうち重ね
待春の土鈴ひとつびとつ鳴らし
仲見世に添うて四温の水の音
寒土用串につらぬく魚一尾
恵方巻方位磁石の定まらず

1 月 / 睦みて
階段のだんだん重くなる師走
くたくたの四肢を湯船に小晦日
晴々と暖簾を仕舞ふ大晦日
雀はや睦みて光る初景色
父祖の地へ夫を誘ふ初詣