松下美奈子　Minako matsushita　2022

12 月　／　種火 マトリョーシカの売れ残る片時雨 十二月八日種火の赤々と 四肢もつれ易き師走の試着室 極月の洗ひ晒しの作業服　 気付かれぬままの記念日ポトフ煮る

11 月　／　鶴来る 晴々と日を溜めてゐる刈田かな　 かうかうと日暮を曳いて鶴来る 繊月を残して鶴は塒へと 岬さかる雲の早さよ神の旅 鬼子母神までの参道冬木立

10 月　／　百草の花 友逝きにけり高すぎる空ひろげ 百草の花を手に手に野辺送り オカリナを吹いても独り雁渡し とつとつと友来し方を今年酒 三つ栗の光あつめて父祖の山

9 月　／　清か 神様の幹はでこぼこかくれんぼ 旅の荷に父母の遺影や萩の風 嫁ぐ娘の深き一礼ささら荻 お姫様抱つこの新婦天高し 悼む夜のことに月鈴子の清か

8 月　／　紅筆 旅終はりけり一輪の薔薇抱き 親看取る話それぞれ夜の秋 夏痩せの友の変はらぬ気働き 酒断ちの父の背中や甲子園 紅筆のひと刷けすつと秋立ちぬ

7 月　／　沖縄 海までは助手席に置く夏帽子 風の鳴く岬沖縄慰霊の日 海紅豆散るや戦禍の報いまだ グリーンカーテンしよぼくれてゐる夕べ 湯上がりの夫ゆるやかに古浴衣

6 月　／　平らか ほのと黴匂ふ山家の宿りかな しくじつて緑の雨に身を打たす ひとときは夫遠ざけて螢の夜 アペリティフの日夕星を迎へ入れ 平らかな一湾照らす大花火

5 月　／　母の日 修験者の古道にぬつと蝮蛇草 けん玉の世界一周昭和の日 憲法記念日英霊の遺書数多 世を疎み夜を慈しみビーズ編む 母の日の光あふるる花屋かな

4 月　／　礼拝堂 ミサイルに戦車に銃器万愚節 シェルターの中の支配者四月馬鹿 うぐひすや礼拝堂の畳敷き シスターの掃いては仰ぐ桜かな 末黒野や祖国の大地生き替はり

3 月　／　花心 亡き父の鍬もて春の土かへす 外つ国の戦況耳に春寒し 引鶴の戦無き世を疑はず 花心まで濡らして消ゆる春の雪 悼むとは夜を灯すこと沈丁花

2 月　／　螺鈿の蝶 たつぷりの湯気立て渡船待合所 船底を叩くうねりや寒九郎 からゆきも女衒も島に寒椿 待春の螺鈿の蝶の舞ふ文箱 父祖の里訪へば八朔柑明り

1 月　／　光 年の瀬や女将の意地の見せどころ 年の夜の一献夫と傾くる 鍋の湯に徳利すわる去年今年 初ボード海まで光たづさへて 鐘の音にはや福引の人だかり