菅野奈都子　Natsuko Sugano　2023

12 月　／　天啓 縁側に受くる郵便菊日和 聖夜来る生クリームの角立てて 天啓と仰げば銀杏散りやまず しらじらと一人暮らしの葱洗ふ 石段の半ばに年を惜しみけり

11 月　／　新豆腐 投込みの朝刊の反り涼新た 家計簿の一行日記虫時雨 山暮れてよりの風音とろろ汁 薄雲の絹のごとくに月今宵 新豆腐すくひて水のふるへかな

10 月　／　大鳥居 楼門に龍のねぶたや天高し 秋澄みにけり厨房のさしすせそ 色なき風に就活の黒鞄 リップクリーム妹の香の甘き 大鳥居抜けて大楠秋高し

9 月　／　藍甕 叩きたる黒板消しや鰯雲 ストリートピアノに星の降る夜かな 終戦記念日落蝉の還る土 水影に炎立ちたる曼珠沙華 藍甕に泡の生まるる良夜かな

8 月　／　貴賓室 ホワイトニング沖をゆく貨物船 青梅雨や扉の重き貴賓室 文を待つひと日風鈴よく鳴つて 避暑の風はらみて白きワンピース 突き上ぐる拳の高く高く夏

7 月　／　頂点 集ひたる手話の指先風薫る 教育実習板書の文字の右上がり 夏至の日の今し頂点観覧車 坂道を下る自転車避暑の風 いつまでも暮れぬ川音桜桃忌

6 月　／　素つぴん 犬を呼ぶ高き口笛風薫る 麦の秋お隣の子の背の伸びて はつなつの素つぴんはじく化粧水 本棚の隙間に本や梅雨深し 夏至の日のエスカレーターすれ違ふ

5 月　／　うすぎぬ 音立てて水の注がるる立夏かな 人待ちのミュール鳴らしてゐるばかり うすぎぬのごとくまつはる春の風邪 空瓶に溜める釣銭啄木忌 行く春や玉露の終のひとしづく

4 月　／　彼方 さへづりや新居にひらく段ボール 灯ともしてよりの雛の目鼻立ち 春暁や白湯のぬくみの掌　 くれなゐの吐息をひとつ落椿 逃水の彼方に故郷ありにけり

3 月　／　待春 啓蟄の土塊固きひとところ 万華鏡代はる代はるに姉妹 階段の赤き毛氈冴返る ひと日ごとひと雨ごとに春の庭 待春や牛の牽きたる花車

2 月　／　あえかに 確定申告待合の固き椅子 雨あとの光あえかに猫柳 春待つてゐる花柄の母の杖 探梅の先に人待つ心地かな 如月の風に鳴らせる花鋏

1 月　／　初寝覚 読初のすうと抜きたる栞紐 冬銀河揺らして含む赤ワイン 二軒目について来たりし風邪の神 静電気姉に借りたるワンピース 玻璃窓のはじく光や初寝覚