高尾早弓　Sayumi Takao　2009

12月　／　プラットホーム 散りしきる紅葉の肩に掌に 寒月や礼拝堂の扉の重き 次の曲までのしづけさ初時雨 近付きて飛び翔たせたる冬鴎 反対のプラットホーム雪螢

11月　／　母の鋏 風白し雨上がりたる神の庭 小春日の母の鋏の鈴鳴りぬ 父のこと詠まずに来たり遠蘆火 メールすぐ返して星の流るる夜 鷹渡る海風の頬痛きまで

10月　／　時間割 鵯や色分けて塗る時間割 颱風裡借りたる傘の男物 雁渡いくつ持ちたるパスワード 天の川リュックサックを枕とし 菓子焼いて森の外れの一軒家

９月　／　坂出・多度津 少しだけ子供の自慢ソーダ水 手を振つて応へて向日葵の真昼 造船の町にグラジオラス赤し 初盆の雨ひそやかに降り出しぬ カリヨンの鳴りたる朝野分晴

８月　／　星 船宿の古りし看板梅筵 朝顔や佃に多き手押井戸 稲の花児の自転車の新しく 蜜豆や子は親の手を離れたる 踊り疲れし境内の星の数

７月　／　滴り ハンカチを小さく畳む母の癖 手に重き父のライター青葉木菟 聞き慣れしエンジンの音星の恋 糸蜻蛉水音高きひとところ 滴りや声出せば声透きとほる

６月　／　新樹の香 片栗の花や鎌倉裏街道 蒟蒻の花トラックに荷を積んで ロビーへと夜の新樹の香りけり すれ違ふ肩先に触れ麦の秋 ハーフタイムシャッフル船の灯の涼し

５月　／　復活祭 船笛に鐘の重なる復活祭 春草の香の残りたるシャツの背 恋かもしれず蒲公英の絮吹いて 多摩の横山サックスの音の朧 川にゐて川の匂へる夕薄暑

４月　／　花曇 クリスマスローズ母より手紙受く 分骨の壺を叔父へと花曇 まだ墓の建たざる墓所へ囀りぬ 燕や吾子へゆづりし父のシャツ 鳥の恋駅舎の窓を開け放ち

３月　／　フリージア 納棺に手向く矢羽とフリージア 春浅し骨に遺れる花の色 きさらぎの風骨壺のぬくもりに 七日忌の鞄濡らして春の雪 二月尽形見の弓弦身ほとりに

２月　／　窓 一輛の破魔矢の鈴の音に満つる 初旅の吉備の山山神眠る ホットカルピスため息に曇る窓 春の宵傘閉づるとき指濡らし 騎士像の兜の眼冴返る

１月　／　星空 雪吊の指したる空の青さかな 発車ベル鳴り終へ冬の流れ星 窓の外ばかり見てをりロシアンティ 星空へ磴登りゆく初詣 人ごゑの過ぎ繭玉の揺れ残る