高尾早弓　Sayumi Takao　2010

12月　／　湧水 道なりと言はれて曲がる葱畑 綿虫のくぐり抜けたる長屋門 湧水で淹れる珈琲冬紅葉 水音に沿へる足音石蕗の花 ブッシュ・ド・ノエル帰る人待つばかり

11月　／　稲滓火 十三夜礼の言葉を以て別れ 露けしや胸に十字を切ればなほ 夕さりの峡に籠れる稲埃 風鐸の鳴り稲滓火を燃え立たす 落葉の朝日を享けてバス通り

10月　／　鯉ヶ窪 石仏の梵字のかすれ紅の花 足音に蹤きし山道風露草 木の橋のつぎつぎ鳴りぬ沢桔梗 峡に充ち尾根へ籾殻焼く烟 湖のしづけさに星降りにけり

９月　／　満奇洞 鉄橋を渡る汽笛や合歓の花 石筍に落つる一滴秋澄みぬ 鍾乳洞宿せる山の薄紅葉 凌霄花細道をバスすれ違ふ 一杯の熱き紅茶や霧を来て

８月　／　日矢 夜光虫ふるさとにゐて落ち着かず 神苑の奥に湧き水夏落葉 水底に日矢届きをり川施餓鬼 閼伽水の湛ふ青空終戦日 拭き込まれたる格子戸に秋日差

７月　／　卯の花月夜 水占に日の照り翳り半夏生 卯の花月夜足跡の二人分 梅雨の月衿元に夜気忍び込む 二階より呼び止められて心太 炎昼の延養亭に長居せり

６月　／　海鳥 夏燕土蔵のもとの舟着場 磯焼けのTシャツの袖捲り上ぐ 神々の住むてふ島の清水掬む 夕焼に海鳥遠く高く飛ぶ 指先に夕べの翳りビーズ編む

５月　／　五月の風 サンジョルディの日木漏日のつま先に 制服の衿に五月の風来たる 向かひ合ふ午后のテーブル緑さす 新樹の香背中あづけてゐたりけり 縁側に広ぐ物売り旧端午

４月　／　花冷 囀りのことに湖畔の取水塔 春愁の波打際に寄するもの みづうみを見て花冷の指の先 チューリップ咲いて疑ふこと知らず 窓越しに話継ぎをり春の月

３月　／　足音 ヒヤシンス内線の音聞き分くる 自転車の籠いつぱいに春野菜 軒下に括るあれこれ水温む 鉄棒に高きと低き百千鳥 足音の聞こえぬほどに囀りぬ

２月　／　片便り 初弓の構へのときの長かりき 寒暁の東京湾に灯の動く 入港の汽笛に日脚伸びにけり 雪催ことりと落とす片便り 子の決めることと思ひぬ薄氷

１月　／　貨物船 歳晩の船に結べるもの数多 船の来し方に雲湧く年の果 初メール受く弓ヶ浜鎮もりぬ 冬の虹忘るるための旅に来て 冬濤のはるかな沖に貨物船