高尾早弓　Sayumi Takao　2014

12 月　／　辻楽士 紅葉且つ散る一葉ごと日を乗せて 石蕗の花湯の町のすぐ坂がかる 洞門の中はしづけき冬の雨 遠峰の晴れ渡りたり年用意 昏れ残る銀杏黄葉と辻楽士

11 月　／　夜の鳥 冬近し啼かず飛び立つ夜の鳥 高層の灯に囲まれて温め酒 レモン色付く街道に海見えて 浮橋を鳴らして渡り草の絮 神在や会えばまづ嬰を抱き上ぐる

10 月　／　湖心 いく筋も鎌倉古道草の花 小鳥来るフランス窓を開け放ち 黄昏の色を畳みて立羽蝶 爽けしや湖心に映るホテルの灯 灯下親しむひとつ灯を子と分かち

9 月　／　草間台地 カルストの露の野原を発破音 石灰の里サルビアの蜜甘し 葛の花土蔵の小窓隠したる 開きたる真白きノート海恋し 川面より羽音翔たせて水の秋

8 月　／　櫂の光 風鈴のひとつだけ鳴り雨上がる 露草に触れて発ちたる渡し舟 カヌー漕ぐ櫂の光を回しつつ きもだめし鬼の岩屋の登り口 半夏生ラストノートの樹の香り

7 月　／　灯台 湾に向くなぞへ一面檸檬咲く 岬より望む岬や夏つばめ 灯台に雲の切れ端夏つばめ 赤道儀室青がへるごと回る フローズンカクテル蠍座の紅

6 月　／　水底 河骨や水底の日の移りゆく 風あれば水にこぼれて花卯木 河骨のただ一輪のしづけさよ ヘアピンカーブ青葉より海光へ 墨堤や青鬼灯を子に持たせ

5 月　／　首夏の波 船の名はシトラス首夏の波を切り 海燕飛び来し方の晴れてをり 山よりの風の海へと愛鳥日 花蜜柑渡し船すぐ折り返す 夕日見るためのベンチや花檸檬

4 月　／　大三島 小さき島小さき灯台風光る 春光を纏ひ舷梯降りにけり 釣舟の帆をひとつ揚げ陽炎へる 島燃えてゐるごとく畑焼きにけり タンデムの息合ふ二人若葉光

3 月　／　午下のグラス 雪洞を揺らしてゐたり雪解風 料峭や格天井に龍躍り 神代橋渡りて梅の谷に入る 春三月午下のグラスに野花挿す 少女期の靴音高し椿東風

2 月　／　はけの道 相席の外国訛り春の雪 雪明りあふるる春のカフェテラス 春の雪水琴窟にしたたれる 浅春の日を返しをりはけの水 挨拶の声を乗せたる雪解風

1 月　／　瀬戸田町 数へ日の島の寮よりレゲエ鳴る 路地灯り初む笊売りの檸檬買ふ 歳晩の揺れて近づく港の灯 灯台の螺旋階段春を待つ 水音に初声の添ふ古参道