高尾早弓　Sayumi Takao　2021

12 月　／　冬の旅 携帯にかかれば近し春日和 窓開けて手を振りくれし返り花 町の灯を揺らしてゐたる空つ風 冬の旅いち日窓に海を置き 海に沿ふ教会低し冬銀河

11 月　／　洞海湾 噴煙の尽きず素風とせめぎ合ふ 溶岩原のところどころに草紅葉 初冬の洞海湾を汽笛越ゆ 冬めくや石州瓦の赤き屋根 早退の林檎の芯を海に投ぐ

10 月　／　弦月 石橋に彫らる川の名蔦紅葉 蕎麦の花雲より白き裾野かな 火の国の湧水なればことに澄む 弦月や終着駅は鉄の町 海峡の橋の曲線秋涼し

9 月　／　海賊船 エレベーターガール夏帽の白さかな 晩夏光海賊船に貴賓室 Ｂ面の夏多摩川を列車越ゆ 製鉄所煌々とあり熱帯夜 三伏の夜を漆黒の溶鉱炉

8 月　／　万緑へ 万緑へ曲がつてゆける鉄路かな 船籍の国旗の星の涼しかり 蝉時雨遠くなりたる潮干潟 夕焼を留めてゐたる忘れ潮 雨しづく葉に残りたる星月夜

7 月　／　海の色 海底へ螺旋階段半夏生 雀鯛一身に負ふ海の色 大南風トルハルバンの微笑みに 先を行く人の消えたる青岬 水舟に洗ふ皿鉢蝉しぐれ

6 月　／　終点 花水木遠回りしてふるさとへ 工場の増えし終点花ユッカ 青葉騒ホームに祀る弁財天 青空へ登山電車の赤と白 はるかより名前呼ばるる煙の木

5 月　／　ヨットの帆 風鐸の雨のしづくに春惜しむ 翅たたむ蝶のごとくにヨットの帆 抜け道といふきざはしを瑠璃揚羽 青野より青野へトランペット吹く 花海芋せせらぎに耳そばだつる

4 月　／　遠くして 学生の大き画版に風光る 画架立ててひときは草の芳しく かざぐるま吹きぬ家居を遠くして 風紋のゆるりと動く涅槃西風 風紋の波のあはひにさくら貝

3 月　／　海越えて 笛失せてよりの年月雛飾る どこからも城見える町雪解風 海越えてきし風船の花の種 参道に豆腐料理屋春浅し 山風に音階ありぬ花辛夷

2 月　／　帆柱 どこまでも麦の芽吹の干拓地 木枯の夜を帆柱の鳴りどほし 原生林てふ霜柱踏みにけり 梅見坂やがて富士見の坂となり 湯の町に低き堰音春の雪

1 月　／　スイッチバック 若きらの長き祈りや初詣 二階屋に届く高さに朱欒熟る 竜神の宮に供ふる寒卵 冬滝や燦と日の粒水の粒 スイッチバック冬空を軋ませて