降矢とも子 Tomoko Furuya 2006

12月 / エッシャー
米とげば黒きもの浮く一葉忌
義士の日の受付嬢の不在かな
冬のサーファー波の影深くして
極月のエッシャーの絵に迷ひ込む
ボージョレ・ヌーボー街の灯を透かし見て

11月 / 父の船
グラタンとパンとワインと論敵
菊人形敵も味方も前向いて
神の留守箸に崩るる豆腐かな
ハロウィンの小さき魔女の泣いてをり
父の船待つて色なき風の中

10月 / 不揃ひの椅子
まとめ買ふ文庫に新書秋うらら
燈火親しむ不揃ひの椅子並べ
長き夜のこれは泣いてもいい話
追伸の告げる病名夜長し
待宵の庫裏の布巾の白さかな

9月 / 九月の空
山寺や秋蝉の声はね返し
石段を百まで数へ空高し
秋の蝶正しく羽をたたみけり
猛禽の九月の空を切りにけり
海思ふカクテルの青深くして

8月 / 夕立
新婚の一日はタオルケット干す
泣き黒子見え隠れする扇かな
大鍋を煮立て夕立のありさうな
夏料理のせて葉の皿竹の皿
月涼し水面に光こぼしては

7月 / 牧師館
ブルーベリーハンカチの染みうつくしく
紫陽花や二間ばかりの牧師館
決勝の日の噴水のせはしなく
巴里祭葉書に添へて子猫の絵
ホットドックビールメガホン巨人勝て

6月 / 赤のひとつぶ
ほつぺたに日の丸描いて風青し
注ぎきつて厨静まる新茶かな
芯に置く赤のひとつぶビーズ編む
びーどろの瑠璃のあやふき夏料理
五月雨のわけても父をしのぶ夜

5月 / 生れたての
図書館に開かずの扉修司の忌
鼓笛隊四角く進む五月かな
汲みたての水生れたての若葉風
緑ひろげて丸の内仲通り
母の日の荷の嵩の張るものばかり

4月 / ダ・ヴィンチ
新しき名簿に席に風光る
春愁の紙飛行機を競はする
公民館書道教室花の雨
春雷やダ・ヴィンチ翁のしかめ面
格子戸を開け春の闇流れ込む