降矢とも子　Tomoko Furuya　2012

12月　／　目鼻 花八つ手人の噂の輪を離れ 近松忌木目に目鼻ありにけり 冬鴎異国の船に手を振つて 病み明けの胃の腑にずんと鯨汁 待ちぼうけしてフェイクファー撫でてをり

11月　／　秋冷 チーフのぞかせ教頭のチョッキかな 帰り花先を急げる人ばかり 秋冷のわけても考古資料室 身に沁むや木を剥きだしに蔵の内 おしろいの花の可もなく不可もなく

10月　／　木乃伊 空見るに飽く事のなし獺祭忌 前掛けに薄紅の染み汀女の忌 背伸びして覗く人垣秋うらら 学園祭木乃伊に肩を叩かるる 青葡萄一粒づつの影を持ち

９月　／　残暑 Ｂ面の夏階段に腰下ろし 八方に風を遊ばせ百日紅 大南風吹く日の丸に五輪旗に 相槌の的外したる残暑かな 山麓の風唐黍を太らせて

８月　／　夏座敷 ボタン糸伸びきつてゐる土用かな 夏座敷欄間の千鳥風浴びて 浴衣帯ほどきてよりの夜風かな 張り替えるギターの弦や盆休 声援も歓声も杳と熱中症

７月　／　老鶯 ビシソワーズ飽かず眺める外国船 古団扇ぐわんと風を歪めたる 枇杷の実や雨が上がれば風が出て 老鶯のしきりにひとを懐かしむ 記念樹の下に集ひて南風

６月　／　サイダー 凛然としてオークスの葦毛かな 鐘の音に水面さざめく聖五月 黒髪に水したたらせ晶子の忌 サイダーを手に板前の昼休 白靴の汚るることをためらはず

５月　／　風の音 黄金週間大玻璃戸磨きあげ オープンエアストローを弄び 夏近し瀬音にまさる風の音 悩みある手に噴水のつかまらず 木蓮の空に手向けるごと咲きぬ

４月　／　風車 物置にはづまぬボール鳥雲に クラス替背中に投ぐる紙礫 花曇水面に鯉の寄り合つて 遠蛙退けるに早き通夜の客 父の息重ねて回る風車

３月　／　西行忌 閉ざされし戸を恋猫のあきらめず 雛の間の障子を色のこぼれ来る 着物帯帯揚帯締開花予想 終電に眠る酔客西行忌 三月の歌は祈りとなりぬべし

２月　／　大海原 春立つや姫鏡台に緋の覆ひ 女手に守りきし店湯気立てて 早梅の一枝につのる旅ごころ 実朝忌大海原に風つのり 卒業写真靴下を引き上げて

１月　／　夜気 湯豆腐のくづれてよりの湯気の白 日のあたる屋根から屋根へ初雀 夜気の重さに冬薔薇のくづれさう 買初の手に確かむる紅の色 ニューイヤー駅伝赤城山蒼し