降矢とも子　Tomoko Furuya　2021

12 月　／　ガレージ ガレージに皿売る勤労感謝の日 俎板に青菜染み入る一葉忌 隧道を抜けて枯野のあるばかり もてなしの湯茶の頃合ひ冬紅葉 かのひとは何処を航る冬銀河

11 月　／　ツィッター うそ寒や時折覗くツィッター 風に雨に秋薔薇の伸びすぎて 木枯の行く手を迷ふ副都心 言問へば光を返し秋の水 出張のヒートテックの武装かな

10 月　／　コップ モンブラン作り損ねし洋酒の香 青蜜柑同級生でご近所で 金木犀甘き記憶の総身に 手付かずのコップおしぼり衣かつぎ 龍淵に猫は洗濯物かごに

9 月　／　アスリート 爽やかに泣いて義足のアスリート 半分を残す弁当鳥渡る メダルの数感染の数ちちろ鳴く 留守の間の電話三本秋暑し 赤のまま名前を知らぬまま遊び

8 月　／　イーハトーヴ 炎天や徒歩七分とあつたはず 片陰に引き込み噂話かな 着電に「公衆電話」星の恋 二リットル二本は重し日の盛り 星月夜イーハトーヴを遠くして

7 月　／　シエスタ 父の日のおりんの余韻惜しみけり うわんうわんとコールセンター明易し こめかみに膏薬茅の輪くぐりけり 梅雨の月問はず語りに祖父のこと シエスタの街を統べたる塔の鐘

6 月　／　ワクチン 真つ先に咲きたる薔薇の雨に濡れ 煙の木傘のいらないほどの雨 雨音に消ゆる足音七変化 店の名の付きし定食麦の秋 ワクチンを待つＴシャツの背を丸め

5 月　／　キャビネット 遅桜日に四五組の客と聞く 春愁ぱたんと仕舞ふキャビネット 惜春の雨にひと日を閉ぢこもり 竹秋や医師に短き昼休 羞ぢるとも誇るともなくキャミソール

4 月　／　ファーストシューズ 空色のファーストシューズ風光る 尖塔に引つかかりたる春北斗 花月夜お濠の底に朽ちし舟 あの子泣きさう風車止まりさう ネモフィラのどこまで空へつづくまで

3 月　／　バドミントン 春動く研修生の足音に 北窓を開く向かうの窓に猫 東風吹くや遺愛の小紋洗ひ張り うららかや米寿の腕に嬰が寝て バドミントン空振りに風拾ひたり

2 月　／　ハート 寝ていればそのうち治るちやんちやんこ マスクしてハート三つといふ運気 折畳杖の花柄春を待つ 寒明忌詩の断片の走り書き ととのへし息に始まる梅見かな

1 月　／　ロシアンティー ロシアンティー星見えぬ夜の窓開き 数へ日の世間話を鍼灸師 三人も寄れば上等年忘れ 年の瀬のバス停誰もかも無口 観音は多欲に微笑初詣