桐山陶子　Touko Kiriyama　2013

12 月　／　冬三日月 自画像に強き意志あり冬薔薇 ラリックのインクの壺や冬館 朗読の声やはらかに冬日向 年忘れ無口な男唄ひだし 冬三日月東京タワー眠らせて

11 月　／　立冬 姉妹俳句談義や零余子飯 冬立つや隣家に布団叩く音 学生帽のきみの笑顔や青写真 火災訓練掛け声の青空へ プールバー灯りて月の傾きぬ

10 月　／　秋深む 乱菊の縫箔きらと秋深む 折からの落暉に群れて彼岸花 ブロンズの影濃く曳いて萩こぼる まどろみの寝椅子に届く秋日差し 月見バーガー二人の影の石段に

9 月　／　爪紅 爪紅や母の写真のセピア色 白菊や今夜は少し泣きましよか 新涼や小さきカフェの木椅子にも 航海日誌捲りて処暑の展示室 秋の新色シャンソンにシャンパンに

8 月　／　愛の歌 左千夫忌の櫓音のきしみ遠ざかる 笹舟を追ひかけて日の暮るるまで 碑拭へば涼しき文字の現るる かなかなや碑に刻まれし愛の歌 胸元を過ぎゆく風も秋の声

7 月　／　芙美子忌 万緑やシュートボールの鮮やかに 尼寺に夏鶯の声しきり　　　　 熱帯魚じつと見てゐる午後の黙 芙美子忌の吹いてくもらす眼鏡かな アンダルシアの風を束ねて薔薇の午後

6 月　／　アンクレット 初夏や画廊に海の見える窓 アンクレット月の渚に埋めけり シンフォニー第二楽章薔薇の窓 人込みにふと煙草の香太宰の忌 入相の隧道を抜け額の花

5 月　／　パリからの手紙 岸恵子とワインとチーズ夏木立 アペリティフ注げば胸のアクアマリン 枝折戸の開かれしまま著莪の雨 パリからの芙美子の手紙窓若葉 竹落葉芙美子の庭に下駄の音

4 月　／　雛の家 フリスビー夕日の中へ消えにけり 昔日の栄華の里や雛のみち 桃開く書院造りの座敷蔵 蔵の窓開きて雛の家となり 出羽の国十二単のひひな菓子

3 月　／　菫ほどの 停車場に忘れ置かれし花冠 春の宵追ひ抜いてゆくピンヒール ひとつ灯に盃を重ねて夜半の春 釣り上げし公魚富士を跳ね上げて 菫ほどの小さき句集生れにけり

2 月　／　口笛 塗りたてのペンキの匂ひ春隣 ユトリロをはずし北窓開きけり 十字架の小鳥の墓へ花編んで すれ違ふ口笛春の交差点 春光に武蔵野の水波立てり

1 月　／　冬夕焼 シャンパンの泡に始まるディナーショー 木枯しにいよよ眩しき朱の鳥居 電線の混み合つてゐる冬夕焼 冬鴎小さき酒場に漢たち 釣舟に満ちくる朝陽水烟る