桐山陶子　Touko Kiriyama　2017

12 月　／　冬薔薇 潮風の助手席に聞いたユーミン 冬凪や影富士を背に舫ひ船 飛石に小間へと石蕗の花明かり 冬障子時折過ぎる鳥の影 横書きの似合ふ俳句や冬薔薇

11 月　／　オリーブの実 逝く秋の鉄路を走る没日かな オリーブの熟れて聖書を読み始む ガス灯にはや灯の点る蔦紅葉 あえかなる冬日ガラスの帆船に 裏山の木々のざわめき神渡し

10 月　／　乱れ萩 バイク音とともにＧジャン翻し コーヒー苦く夜仕事の書斎へと 水出しコーヒー音無く垂れて秋灯 乱れ萩旧街道に水の音 太梁の黒きうねりやつくつくし

9 月　／　新蕎麦 朝の陽に掬へば揺れて新豆腐 唐黍の風に嘶く牧の馬 新蕎麦をすすり夜風を戻りけり 厨音いつしか虫の音となりぬ 虫の音にしばし湯浴みの手を止めて

8 月　／　抱き枕 浜木綿の風に吹かれし夕ごころ 三伏の身体に添はぬ抱き枕 穏やかなひと日看取りの団扇置く 夕蝉や明日は伐らるる老桜 一人焚く手花火の燃え尽きるまで

7 月　／　力士の碑 わだかまり解けて二人のパッピンス 緑陰の銅像少し眠たげに 不動明王忿怒眼の暑さかな 樟若葉影を落として力士の碑 丹の橋に寄りくる鯉も夏の夕

6 月　／　風薫る ブルーベリー籠いつぱいの朝日かな プードルもマダムも衣更へにけり キッチンの窓の明るき緑雨かな 武蔵野に絶えぬ水音風薫る 眉月の涼しくかかるタワーかな

5 月　／　聖五月 花屑をつけて佃の舫ひ船 横丁のソースの匂ひ夏隣 宿の灯のひとつが消えて青葉木菟 オープンエアーランチタイムは潮の香に 窓開くモネのアトリエ聖五月

4 月　／　眉月 浪人の重い鞄をひとゆすり 春寒の眉月消えてしまいさう 黒猫の尻尾揺らして雪柳 恋猫のふと鳴き止みし夜の静寂 ギター工房軒に絡まる蔦若葉

3 月　／　染の衣 梅若忌真白き花を束ねたる 梅東風や川面彩る染の衣 たまゆらを雫の光る木の芽雨 桃の日のひとりの夜の灯をともす 私のこと覚えていますか第二ボタン

2 月　／　立春 新色や靴音高きピンヒール 竹とんぼ翻りては風光る 風光る横綱奉納土俵入り 花種を蒔きて恋人待つ心地 春立ちぬ鯉の尾鰭のしなやかに

1 月　／　寒の水 ひとりづつ語りかけては賀状書く 大松王はらりと活けて去年今年 聖書閉ぢれば匂ひくる冬薔薇 汁粉屋に笑ひこぼして舞妓はん 引明けの手水に寒の水満たす