桐山陶子　Touko Kiriyama　2019

12 月　／　ひとり センター試験車窓に富士を仰ぎ見て 頬杖に一句賜る小春かな 枯葉踏むひとりの音のきはやかに 夕月の冴えてひとりは寂しかり 寒禽の声の激しき峡入日

11 月　／　黄櫨染 菊月の黄櫨染てふ袍の色 菊の香や十二単の衣擦れに 朱の箸をひとりの膳に今朝の冬 清水に茶碗購ふ時雨かな クラシック流れる喫茶ココア吹く

10 月　／　つぶやき かごめかごめ好きな子の名ばかり呼んで 白粉や水仕の音の絶え間なく つぶやきのやうに水音吾亦紅 秋思とも遠まなざしの彼とゐて 一人旅したき色なき風の中

9 月　／　花野風 遠き日の母追ひかけて花野風 夫の背の見えなくなりし花野道 ガーデンに午後のさざめきハーブティー 手を翳しやをら踊りの輪の中へ 瞑りてひとりの夜の温め酒

8 月　／　真白く 包帯の真白く梅雨の明けにけり 決断にゆだねし身体薔薇匂ふ ワイングラスそつと触れ合ふ夜の秋 消灯の廊下の奥の秋兆す 扇置くかすかに香を匂はせて

7 月　／　夏の蝶 ガスパッチョ高層ビルに夕日落つ 弾かれたやうに去りゆく夏の蝶 大西日バケツを揺らす釣果かな 夏草に座れば遠く夫の声 黄昏の薔薇は淑女の憂いとも

6 月　／　太宰忌 ボクサーに哀しきゴング太宰の忌 オープンエア潮風に捲れるページ 文机の懐中時計緑さす 青楓万年筆のよくすべり つぶやきの一つ二つと百合開く

5 月　／　テラス 弟と日すがら追うて笹の舟 バス停に背伸びしてゐる日傘かな 夏波のしぶき真白き磯馴松 乾杯のまどゐのテラス夏来たる 夏潮のテラスにパスタ絡ませて

4 月　／　うらうらと 初任給なにやかにやでいつの間に 確定申告机上の紙片累々と チューリップ内緒話をしてをりぬ うらうらと過ぎ行く刻を橋の上 散り急ぐ花の行方を神田川

3 月　／　花に鳥 花鳥に花嫁御寮過ぎにけり 立子忌や刺し子の布巾縫ひ上げて 桜餅母の遺影の嬉しさう 薄紙の紅ほのかなる雛納め 花嫁のかんばせ匂ふ花に鳥

2 月　／　亀鳴く 振り返り雪割草に屈みけり 山深き湯宿の地酒春の宵 薄く切る羊羹春の日に透けて からくりの目玉ぎろりと春寒し 憂きことも笑へば亀の鳴きにけり

1 月　／　初湯 ひとすぢの光掬ひて初湯かな 黄瀬戸鉢の福の字にある淑気かな 振つてみて透かしてみては福袋 百歳の微笑む遺影福寿草 久女忌のまとひつく髪かき上げて