桐山陶子　Touko Kiriyama　2023

12 月　／　一人の膳 葱一本買うて一人の膳となる グラタン焼けてもうみんな帰る頃 ブーツ履く美術館への待ち合はせ 大晦日ひとりの蕎麦をすすりをり 大仕事終えたる年を惜しみけり

11 月　／　回転木馬 薬湯のほのかな苦み冬初め 綿虫の旅の鞄へついてくる 秋逝くや海見ゆるまで歩きたし 冬の噴水七色に夜空染め オリオンや回転木馬回り出す

10 月　／　かなかな 木洩れ日に卓を囲みてハーブティー ジョーカーを引いてしまひし指の冷え 塗椀にひと揺れしたる新豆腐 母がゐて姉がゐた日の山薊 かなかなや一人宿りの灯をともす

9 月　／　バースデー 法要の集ひに星の降る夜かな 秋暑し黙して歩く人の波 野の花を花束にしてバースデー かなかなや友の訃報を告げる文 ひとくちの身に入む夜半の酒となり

8 月　／　秋立ちて 生身魂揺らす大きなイヤリング 秋立ちてアールグレイのティータイム 黒革の手帳捲ればひと葉落つ かなかなや鎌倉山の奥座敷 ボサノバを低く流して夜半の秋

7 月　／　夏料理 真つ赤なスポーツカーより避暑マダム シトラスの香りほのかにサンドレス 夏料理一句したたむ箸袋 土橋より羅の影ゆらゆらと 夏の月相撲甚句のどこからか

6 月　／　百合開く 人形の眠らぬ眼夏至の夜 拍手と小鳥の声と楠若葉 夏座敷卓に緑茶のよく香り 恋の欠片そつと沈めてソーダ水 雨雫たたへて百合の開きけり

5 月　／　薔薇開く 空色のピアスの揺れて夏立ちぬ 卯の花腐しインクの切れし万年筆 夏野ゆく後ろ姿の姉がゐて 葉桜の窓にアールグレーの香を立たせ 流れくるショパンの窓辺薔薇開く

4 月　／　花摘み 花摘みの一輪母の髪に挿し あなただけに内緒の話蝶の昼 あふれくる想ひをペンに春灯 詩の欠片拾ひ集めて花の夜 忘れ得ぬきみの横顔飛花落花

3 月　／　桃の日 桃の日の古き写真を広げたり 灯籠に小さき灯ともす春の庭 啓蟄や書きたきことの溢れくる 蛇穴を出てテトリスに嵌りこむ 春の宵バッハ流るるカフェテリア

2 月　／　夜の梅 確定申告終へお酒いと美味し 春立ちて原稿用紙広げたる 早春の流れに浸す水占ひ 木机も木椅子も軋む余寒かな 露天湯へひとひら舞へり夜の梅

1 月　／　黎明に 黎明に鴉一声淑気満つ 呉服屋の国旗掲揚初明り 初風やさざ波光る神田川 カフェにひとりページ繰るのも女正月 駒下駄の音も軽やか四温晴れ