石井優美子　Yumiko Ishii　2007

12月　／　雪催ひ キムチ漬く海の向かうに家族ゐて 雪催ひ鉄瓶に湯の滾りたる 登校の声に光りて初氷 ドアマンの外套夜の色をして ルミナリエ星より灯り初めにけり

11月　／　水鳥 母さんの匂ひのスイートポテト焼く 帯位置の決まりて菊の日和かな 荷車の冬夕焼を道連れに 水鳥の夕陽に背を濡らしけり ボージョレ・ヌーボー職業は靴職人

10月　／　長椅子 海に向くベンチに鵙の日和かな 新豆腐水の匂ひに売られけり 夕どきの音を掠めて秋刀魚焼く 火恋しかり長椅子に影置いて 煙突にハロウィンの月欠けにけり

９月　／　団栗 簪を闇に置きたる鏡花の忌 実山椒勝手のちがふことなれば 髪ほどく海荒れたるを見てひとり 団栗やじやんけんぽんのあひこでせう 裏窓に日の動きたる秋思かな

８月　／　黒葡萄 草茂るままの夕闇迫り来る 夫の機嫌そこねてをりし冷奴 秋暑し勝手口より人の訪ひ ふるさとの雲を湧かせて甲子園 黒葡萄たわわに雫こぼしをり

７月　／　祭灯 薬包紙白く盛夏となりにけり 炎天を来たる男の喉仏 夜の底にゐてペディキュアを塗り重ね 祭灯を抜けて女の髪匂ふ 沖船を灯して星の涼しかり

６月　／　籐椅子 招き猫見てゐる冷し中華かな 話半分さくらんぼふふみたる 樵音の谺となりて滴れる 水草の花後宮の閉ぢられて 籐椅子に募らせてゐる波の音

５月　／　麦秋 海賊の眠りに月の涼しかり 夜光虫踊り子の紅塗りなほす ひねもすの波音ばかり五月病 麦秋の町から町へギター弾 若葉冷ゆ大聖堂の鐘鳴らし

４月　／　春惜しむ 柳絮飛ばして蔵の町水の町 花嫁の跪きたるリラの冷 バドミントン風の匂ひを返したる 花の雨杏仁豆腐ひとすくひ 春惜しむ汽車の窓辺に肘ついて

３月　／　真砂女忌 はぐれ雲映し二月の水明り 先生の荷物小さく引越しぬ 蔵町の屋根光らせて雪解風 一艘の岸を離れる春愁 俎板を水にくぐらせ真砂女の忌

２月　／　水音 ままごとの椀にお匙に日脚伸ぶ 義理チョコに仕事机の占めらるる 湯疲れの髪をほどいて梅匂ふ 呼ぶ声に応へて春の障子越 あふれたる里の水音ふきのたう

１月　／　大空 極月の波音にあるみだれかな 星の夜を花柊のこぼれをり 藁苞に冬日の匂ひありにけり 埋火の遠く汽笛を聞いてをり 福袋買つて大空ひろげたる