石井優美子　Yumiko Ishii　2008

12月　／　冬日 熱の子の耳聡くして霜の夜 浜苞の貝殻ばかり冬うらら サンタクロース振り子時計のひとつ鳴り 乱れ箱障子明りに引き寄せて 東京に生きて冬日を尖らする

11月　／　毛糸編む 月招く調度に白布掛け終へて 灯ともせば影の生まれて白秋忌 時雨傘とぢて置屋の紅暖簾 宿題の傍らにココア吹きにけり 船笛の届く窓辺に毛糸編む

10月　／　胡桃 ひたすらに鳶を鳴かせて秋の昼 草の実やとりそこねたる子の機嫌 火恋しかり肖像の横を向き 胡桃割る山家育ちの掌 龍淵に潜みて夢に逢ふ女

９月　／　回廊 沖鳴りに二百十日の雲育ち あきつ飛ぶ船場に風を募らせて 回廊の海へと続く秋思かな 日焼褪す果実ひとつを持て余し ジョバンニもカムパネルラも秋灯下

８月　／　潮風 夜の秋ピアスホールに触れし指 ホワイトニング潮風に書く手紙 唇の熱りに葡萄滴らす 八月十五日廃船の海を向き 夕星を映して引きぬ秋の波

７月　／　夕焼け 先生の自転車青田風のなか 絵葉書をポストに落とし晩夏光 水中花ひらき人待つ夜となり 巴里祭や男の纏ふバスローブ 夕焼けて別れ来し身の置きどころ

６月　／　東京 ガスパッチョ女同士の真昼かな 梅雨晴れをあふれ修学旅行生 晶子忌の濡れたるままの髪束ね 東京の夜を噴水立ち上がる きぼうてふ宇宙ステーション涼しかり

５月　／　修司忌 桜蘂降る学校の門閉ぢて 心無き言葉と思ふキャベツ切る 修司忌の字幕にありし捨て台詞 若夏の雲を立たせて沖つ船 バイオリンにチェロの続きて薔薇の午後

４月　／　春愁 をさなごの夢のつづきに花摘みぬ 春愁のジュークボックス鳴り止まず いろいろに風の過ぎたるチューリップ 花冷えやものの塩梅きめかねて 水影のひとつ遅れに花の昼

３月　／　花頭窓 蔵町を貫けて雪解の水奔り ひとふりの鍬音立ちて風光る 花頭窓灯して春の闇深き 行く鴨の水を明るく潜りたる ひと息に上る階段ホワイトデー

２月　／　梅開く 待春の雨に濡れたり二月堂 神楽鈴鳴らして梅の開き初む 魚鰭を光らせてゐる余寒かな　　 クリオネのつぶやく泡を吐きにけり 春かたまけてバケットの焼き上がる

１月　／　初手帳 べつとうの東京の燈を遠ざけて カンテラを掲げて年の行きにけり 初手帳開きてよりの波の音 初湯あふれて数へ唄いつまでも 寅さんの笑つて恋をゆづりけり