山本 ゆうこ　Yuuko Yamamoto　2015

12 月　／　ピアスホール 北風にマニキュアの指翳しをり 落葉から落葉へ子等の跳ねゆけり ハンドクリーム匂はせ名刺交はしをり 休業の貼紙褪せぬ一葉忌 開けたてのピアスホールの冷たさよ

11 月　／　ハロウィン 天高うして船頭の名調子 稲架揺らす風を従へ山の神 高らかに刈田を渡る子等の声 行く秋の裏返し置くレコード盤 ハロウィンの列に遅れて小さき魔女

10 月　／　居待月 十六夜や下駄音響く太鼓橋 立待やオフィスの灯りひとつ消ゆ あれこれと片す手文庫居待月 爽やかに片手を上げて去りにけり 日本シリーズ昨日の敵に拍手して

9 月　／　鬼やんま 裏地噛む背のファスナー秋暑し 秋蝉の川音に声を重ねたる 鍵つ子の肩を掠めて鬼やんま 西鶴忌をとこの嘘を見破りぬ 磨かれし床屋の鏡涼新た

8 月　／　星今宵 三伏の手の上で切る豆腐かな 電柱の西に傾く炎暑かな 飛行船の行方見届け晩夏かな ヘッドフォン分け合ふ部室星今宵 駆けてきしこと悟らせずレモンティー

7 月　／　青葉木菟 河童忌や手暗がりなる文庫本 蜜豆を苞に旧友訪ねきし 願掛けに踏石たどり青葉木菟 明易のラジオ流るるオールディーズ 潮騒やペディキュアに星散りばめて

6 月　／　卯の花腐し 胸元を伝ふ雨粒晶子の忌 苺つぶす噂話の果てるまで 卯の花腐し診察台に身を預け キャミソール似合はぬ台詞口にして 走り梅雨空席多き芝居小屋

5 月　／　くちなし なめらかに捲る伝票五月来ぬ 春の塵塗り残されし風景画 川音に紛ふ雨音春の果 機上より富士見下ろせば夏来る 逢ひにゆく夜をくちなしの香り初む

4 月　／　四月来る 出勤簿の固き手ざはり四月来る 虚子の忌の手のひらに受く花片かな 目借時給湯室の立ち話 姫役はいつも同じ子花冠 古書店の脚立の軋み啄木忌

3 月　／　旅の始まり ひとりごつ二言三言風信子 房総の旅の始まり黄水仙 ミキサーの音くぐもれる余寒かな たわいなき電話三月十一日 冴返る緞帳重く閉ぢしまま

2 月　／　梅の夜 梳ることにも倦みて久女の忌 国境の向かふ満月冴えにけり 梅の夜の飛石伝ひ離れへと 白波の沖を遥かに梅ひらく 盛切りの酒溢れしむ春の宵

1 月　／　新しき年 阪神忌家々の音聞こえ初む 新しき年新しきハイヒール 読みさしの本を重ねて置炬燵 落ちのない話となりぬ懐手 楪や父に倣ひしことあまた