角田智子　Tomoko Tsunoda　2025

9 月　／　古稀 合の手に答へて跳ねる踊り下駄 畦道の先のバス停草の花 牛舎より乳搾る音星月夜 夕暮れの富嶽火の色広重忌 古稀といふ老いの入り口さやけしや

8 月　／　星の恋 滴りややぐらの壁の草模様 路地裏を通る江ノ電軒しのぶ 白波を被つて行けり荒神輿 墨跡のまだぬれてゐる星の恋 初嵐ことこと煮込むうづら豆

7 月　／　夏遍路 滴りの山縫ふやうに鈴の音 栗の花石ひとつ積む峠道 本堂を抜け来る風も梅雨の明 片蔭を行く巡礼の鈴の音 どこまでも海あをあをと夏遍路

6 月　／　雨 子を抱きし母の彫像薔薇の雨 本堂に絶えぬ香煙青時雨 境内に句碑のいくつや若葉雨 良源の独鈷の手擦れ半夏雨 スモークツリー日差しぼわぼわしてをりぬ

5 月　／　風青し 寄合に灯す電球昭和の日 初夏のみなとみらいの海のあを 子を叱る母の涙目風青し 餌台に鳥の混みゐる聖五月 観音を上座に村の祭かな

4 月　／　遍路 むつみたる杖の鈴音朝桜 子と歩く阿波の巡礼木の芽風 足裏に山の鼓動や花遍路 南大師遍照金剛花行脚 待ちぼうけの稲村ケ崎春日傘

3 月　／　春 師に贈るショパンのワルツ謝恩会 春立ちにけり退院の杖の音 立春の駅にみちのく物産展 巻き戻しはできぬ人生春疾風 途切れなき焼香の列鳥雲に

2 月　／　夫の忌 息白くしてスマッシュの定まらず 六色に塗る予定表春隣 熱燗や仏にこぼす愚痴ひとつ 夫の忌の出汁は濃い目の煮大根 チョコレートと好きな音楽日向ぼこ

1 月　／　初景色 山よりの風の渦巻く冬至粥 年々に増ゆるメモ書き古暦 討ち入りの日の商店街の幟旗 群青の空に夕づつ年惜しむ 陽に染まる富嶽悠々初景色